野口宇宙飛行士訓練レポート 第12回
「スペースシャトル復活へ ~飛行再開に向けた安全対策~」
最終更新日:2004年9月15日
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野口宇宙飛行士による飛行再開に向けた安全対策の解説 |
Real Video [2分33秒]
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日本の皆様、こんにちは。Houstonの野口聡一です。
今回は、コロンビア事故以降スペースシャトルの安全対策がどう変わったかを中心に、スペースシャトル飛行再開に向けての技術的な取り組みをご説明します。
コロンビア事故調査委員会の勧告、そしてNASAの安全対策
ご承知のとおり、2003年2月1日、2週間のミッションを終え帰還中だったSTS-107「コロンビア号」は、テキサス州上空で空中分解しました。事故の後、コロンビア事故調査委員会(以下CAIB)が中心となり原因究明作業が行われ、昨年の夏に事故調査報告書が提出されました。その中でCAIBはNASAに対し、スペースシャトル飛行再開(Return-To-Flight、以下RTF)のために必要な条件を、RTF勧告という形で提示しました。それ以来NASAは、このRTF勧告、そしてNASA独自の安全対策を加えてRTF実施計画書をまとめ、少しずつ改訂を加えながら今日に至っています。
スペースシャトル復活への五本柱
現在のスペースシャトル飛行再開に向けての安全対策ですが、下表のような流れになっています。
対策の中心となるのが、(1)外部燃料タンク(External Tank:
ET)の断熱材落下防止です。コロンビア号事故の直接原因は、外部燃料タンクの断熱材が打上げ時に剥離してスペースシャトルの翼前縁に衝突、破損させ、地球大気圏突入時にそこから高温のガスが流入して翼内部を焼損したことだと考えられています。従って断熱材の落下防止が一番の対策となります。
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写真提供:NASA.JAXA |
つぎに(2)打上げ時の状態監視で、断熱材の落下は打上げ直後の、機体振動が激しい時に発生しやすいので、その間地上・空中・機体の外部カメラから断熱材の様子を監視することになります。
無事に周回軌道に到達した後に(3)軌道上点検を実施します。これはロボットアーム等を使用し、機体に損傷がないかをチェックする作業です。ここで異常がなければもちろんそのまま地上に帰還しますが、万が一損傷が確認された場合には更なる安全対策が予定されています。
まず(4)修理実施で、宇宙飛行士が船外活動により機体の損傷箇所を修理します。
もし修理が完全に実施できない場合、宇宙飛行士の生命を守るために、そのスペースシャトルでの帰還をあきらめ、宇宙飛行士は一旦(5)国際宇宙ステーション(ISS)への緊急避難を行い、地上から救援のためのスペースシャトルが来るのを待つことになります。
安全対策の実施状況
(1) 外部燃料タンクの断熱材落下防止
断熱材を使わないような設計に変えたり、断熱材を吹き付ける量を削減する手順変更を進めています。断熱材の剥離そのものを完全になくすことはできないので、どの程度の剥離なら機体に損傷を与えないか、最新の数値解析を取り入れながら現場での作業が進められています。
(2) 打上げ時の状態監視
地上からの監視カメラ、レーダー、空中からの航空機による撮影などと合わせ、我々宇宙飛行士もフライトデッキの窓から、分離後の外部燃料タンクの映像撮影を実施します。実は今回のミッションの私の最初の仕事は、この外部燃料タンクの撮影です。飛行第1日目が終わる前に、私が撮影した外部燃料タンクの映像がダウンリンク(地上へ送信)されることになるでしょう。
(3) 軌道上点検
ロボットアームや、今回のミッションのために新たに開発されるロボットアーム延長ブームを使っての、機体の点検作業です。JAXAの若田宇宙飛行士も、これまでの経験を生かして、宇宙飛行士代表としてこの開発試験に参加してくれています。
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耐熱タイル修復技術開発試験 写真提供:NASA |
(4) 修理実施
スペースシャトルの耐熱タイルや翼前縁部が破損した場合、無重量空間で船外活動により緊急修理を実施します。私が船外活動主担当者として、今一番力を入れているのがこの開発試験です。これまでのスペースシャトルミッションで一度も実施したことのない作業ですので、補修材の新規開発、修理手順の作成など、技術的に難しい問題に取り組んでいます。
(5) ISSへの緊急避難
上記の(1)~(4)の安全対策が全て失敗した場合でも、宇宙飛行士の生命の安全を確保するための手段が緊急避難です。ISSには現在2名の長期滞在宇宙飛行士がいますが、スペースシャトルの7名の宇宙飛行士と合わせ、9名の宇宙飛行士を約2ヶ月間、無事に滞在させられる能力をISSは確保しています。その間に救援のためのスペースシャトルを打ち上げ、地上に無事に帰還させるという計画です。
いかがですか?NASAが様々な対策を複合的に実施することで、有人宇宙飛行の安全確保に努めていることがおわかりいただけたかと思います。次回は、私の担当する業務にフォーカスをあてて、もう少し詳しくご説明するつもりです。