野口宇宙飛行士訓練レポート 第11回
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写真提供:NASA |
朝8時の定例ミーティングから一週間が始まる。この定例ミーティングは、ロミンガー宇宙飛行士室長を中心に、ヒューストンにいる宇宙飛行士全員が集まり、今週の予定やプロジェクトの進捗状況を確認する会議だ。我々STS-114クルーも全員揃って参加した。RTF(Return To Flight: スペースシャトルの飛行再開プロジェクトのこと)に係わる議題が多く、聞く我々も身が入る。大勢の飛行士達がいろいろな形でSTS-114をサポートしてくれていることを感じる。定例ミーティングの後は、教官達と今週予定されているシミュレーションに関するブリーフィングを受ける。今週も盛りだくさんだ。話題の中心は、やはりRTFの大きな課題であるタイル修理技術の開発だ。僕は船外活動の主担当なので、開発試験の細かい動きも気になる。来年春の打上に向けて、ハードウェアの開発が間に合うか、我々クルーだけでなく、エンジニア達も試練の夏だ。
2004年7月20日(火)
写真提供:NASA |
今日はSTS-114クルー全員でワシントンへ。アポロ11号着陸から35周年ということで、スミソニアン博物館で盛大な式典が開かれ、我々クルーも招待されたのだ。会場に着いて見ると、アポロ時代の宇宙飛行士達がぞくぞくとやってくる。アポロ17号のジーン・サーナン氏、アポロ13号のジム・ラベル氏、そして、本日の主役である、アポロ11号のニール・アームストロング氏、バズ・オルドリン氏、マイク・コリンズ氏も勢揃い。式典では、オキーフ長官がアポロ計画の輝かしい功績を称えると共に、NASAの未来に繋がる取り組みとして我々STS-114クルーを紹介してくれた。我々クルーが紹介された時に、アームストロング船長らも立ち上がって、我々の方を見て拍手してくれたのが、少し気恥ずかしくもあり、うれしくもあった。僕自身は、人類初の月面着陸の興奮は記憶にないのだが、35年経った今、彼らの後継者として同じ式典に臨んでいることに、不思議な感慨を覚えた。式典終了後、図々しくもアームストロング船長とツーショットをお願いしたのが、この写真である。いい笑顔でしょ?
2004年7月21日(水)
写真提供:NASA |
出勤して、電話のボイスメールをチェックすると、珍しい人からの電話。なんと、ISSに長期滞在中のマイケル・フィンク宇宙飛行士からのメッセージだった。ISSからは IP Phoneというソフトを使って、地上の一般回線に電話が出来るのだ。先週、彼にEVAのことでE-Mailで質問したので、その返事の代わりに電話をくれたのだろう。フィンク宇宙飛行士は僕と同期生で、8年来の付き合いだ。実は宇宙飛行士に選抜されたとき、彼は仕事で岐阜に駐在していて、最初に彼に会ったのは、浜松町にある旧NASDA本社だった。日本語も堪能で、日本にも友人が多い。ISS滞在も100日を過ぎたが極めて順調、EVAもあと2回予定されている。残りのミッションもこの調子で乗り切って欲しい。
2004年7月23日(金)
写真提供:NASA |
今日はKC-135飛行機を利用して、タイル補修の評価試験を行った。KC-135は弾道飛行を行い、1回20秒程度の無重量状態を作り出す。その間に様々な科学実験や宇宙空間で使う機器の評価試験を実施するのだ。通常は40回程度の弾道飛行だが、今回はなんとそれを65回も行った。若田さんも同乗し、我々のミッションで実施する予定のタイル補修作業のテクニックの評価を行った。忙しい試験の合間には、こんなお遊びショットも(笑)まあ、JAXAのPR活動と思えば大目に見てもらえるかな。昨年の夏以来、タイル補修作業だけでも500回!以上の無重量弾道飛行を経験した。何度経験しても、無重量の世界は面白い。早く本当の宇宙空間に行きたい。。。
2004年7月26日(月)
写真提供:NASA |
朝8時の定例ミーティングから始まって、夕方7時までびっしりの訓練スケジュール。特に6時間ぶっとおしのシミュレーション訓練はきつかった。スペースシャトルのフライトデッキを模擬した訓練設備の中で、教官が組んだ様々な不具合状況に対応する訓練で、途中の休憩もなく続けられる。終了後もデブリーフィングと呼ばれる反省会で、訓練の内容をみっちり反芻し、対応にミスがあった場合は厳しく指摘されるので、息を抜けない。幸い今回は大きなミスはなかった。今日はヒューストン市の姉妹都市である千葉市から、ボーイスカウトの選抜隊がNASA訪問に来てくれていたのだが、この訓練のため残念ながら抜けられなかった。代わりと言うわけではないが、広報担当者からサイン入りの写真を渡してもらい、スカウト諸君に喜んでいただいたとのこと。
2004年7月28日(水)
写真提供:NASA |
T-38ジェット機でフロリダ州のペンサコラ海軍基地まで飛ぶ。実は日本の3人のISS搭乗宇宙飛行士(古川、星出、山崎(旧姓角野))がここでASCAN訓練(ミッションスペシャリスト候補者訓練)の一環として計器飛行訓練を行っており、今日は彼らの激励(?)のための訪問だ。ペンサコラに着くと、真っ黒に(失礼!小麦色、ですね)に日焼けした山崎(旧姓角野)宇宙飛行士が出迎えてくれた。その後、星出、古川宇宙飛行士も訓練飛行を終えて戻ってきた。3人とも元気いっぱい。常夏のフロリダで、健康的に日焼けしているのも元気よさそうに見える理由かも。彼らは、8月から本格的にASCAN訓練を開始する予定だ。8年前に、毛利さんとふたりでASCAN訓練のためにヒューストンに来たことを思い出した。そういえば、毛利さんと一緒に、このペンサコラでサバイバル訓練をやったのだ。あの時は食べ物がなくて、訓練が終わって基地に戻って来た時、まっすぐファーストフードに直行したなあ。そんなことを思いながら、ふたたびT-38ジェット機に乗り込みペンサコラを後にした。
2004年7月29日(木)
写真提供:NASA |
無重量環境訓練施設(Neutral Buoyancy Laboratory: NBL)でのEVA潜水訓練。朝7時にNBLに入る。ここは朝が早い。6時過ぎにはクレーンが動き、ボンベを積んだ台車が走り、ダイバー達がウォームアップのために泳ぎだし、我々クルーは7時頃から手順の確認やツールの仕込みを行う。変なたとえかもしれないけど、気分はすっかり「魚市場」である。臨場感というか、現場作業の高揚感に満ちている。船外活動の訓練をするためには、浮力を利用したこの訓練設備が最も効果的。いわば、宇宙に最も近い場所、というわけだ。今日の訓練内容は、スペースシャトルのタイル補修訓練。エアロックのハッチを開けるところから、作業を終了するまでを通しで実施する。今回初めて実施したタスクも多く、なかなか思ったように作業が進まない。しかし、こういう時こそ初歩的なミスをしがちなのだ。一緒に船外活動するロビンソン宇宙飛行士とワンステップずつ手順を確認しながら進める。結局、水中での訓練は6時間かかり、なんとか予定のタスクを完了できた。でもそれでおしまいではない。6時間の間、インストラクターがびっしりと書きとめたノートをもとに、その後も2時間にわたりデブリーフィングを行い、反省点、改善点、次回への変更内容を、記憶が新しいうちにまとめる。終わる頃にはぐったりだが、このサイクルが重要なのだ。これから打上げまで、毎月のように潜水訓練を実施して、少しずつ仕上げていく。船外活動は一見派手で優雅に見えるかも知れないが、実は一挙手一投足を地道に現場作業で積み上げていく、手作りの仕事なのだ。僕が船外活動の主担当として、日本の「匠の心意気」にこだわるのも、そんな手作り感覚が理由なのかも知れない。
2004年7月30日(金)
写真提供:NASA |
朝からモーション・ベース(*)でAscent sim(打上げシミュレーション)。スペースシャトル打上げの際の非常事態に対応するためのシミュレーションで、コリンズ船長、ケリー飛行士、ロビンソン飛行士と僕が参加。Ascent simは短時間で刻々と状況が変わり、その中で必要な操作をミス無くこなすことが要求される。不具合が起きたら、各自が手順書に従った正確な操作をすることだけでなく、船長を中心に全体的な状況判断とクルーコーディネーション(協調作業)のプランを即時にたてて実行していくことになる。いわばクルー4人での危機管理能力を問われる訓練というわけだ。 もちろん、ひとつひとつの判断と操作には、スペースシャトルシステムに対する深い理解と操作経験が裏づけとなっているわけで、スペースシャトルシステムの総合的な理解力も問われることになる。今日は4時間の訓練で合計5回の打上げシミュレーションを行った。僕たちは、コロンビア号事故の前から一緒に訓練をしているので、もう3年以上も一緒に訓練しているのだが、毎回新しい発見、改善点がある。チームとしての成長に終りがない証拠だ。打上げのその朝まで、きっと完成度を高めるための努力を続けることになるのだろう。
*モーション・ベースについて
打上げや着陸、軌道上運用の訓練を行う設備として、シャトル・ミッション・シミュレータ(Shuttle Mission Simulator: SMS)と呼ばれる設備がジョンソン宇宙センター(JSC)にあります。SMSには、可動式のモーション・ベース(Motion Base: MB)と固定式のフィックスド・ベース(Fixed Base: FB)のふたつがあります。可動式のSMS-MBは、打上げ、着陸時の訓練に使用される設備です。打上げの訓練時には操縦席を垂直に立て、打上げ時の振動や着陸時の姿勢などを忠実に再現します。固定式のSMS-FBは、主に軌道上運用の訓練に使用されますが、打上げから着陸までの一連の作業を通した訓練も行うことができます。
いかがですか?訓練に励む我々の日常の一端を見ていただけたでしょうか。実際に書き並べてみると、自分でも毎日いろんなことやっているなーと驚いてしまいました。それだけ普段は自分が見えていない、ということでしょうか。ややもすると、スペースシャトル飛行再開のために何がなんでも最後までがんばるんだ、という気持ちだけが先走ってしまいます。我々STS-114クルーにとってスペースシャトル飛行再開は、自分自身の夢の実現であり、これ以上ないほどやりがいのある任務です。ですが同時に見通しの悪い、苦しく長い道のりでもあります。気持ちをひとつにして試練を乗り越え、同じゴール目指してその長い道のりを進む決意を新たにした夏。私たちクルーにとって、有意義で思い出深い夏になるでしょう。
2004年8月 ヒューストンにて