野口宇宙飛行士訓練レポート 第5回
「国際宇宙ステーションでの船外活動」
最終更新日:2003年1月15日
STS-114ミッションでは、13日間のミッション期間中、3回の船外活動(Extra Vehicular Activity: EVA)が予定されています。国際宇宙ステーション(ISS)の右舷に取り付けられている「クエスト」(エアロック)から宇宙空
|
|
スティーブ・ロビンソン宇宙飛行士(左)と野口宇宙飛行士(右)
(写真提供:NASA.JAXA) |
EVA訓練を行う野口宇宙飛行士
(写真提供:NASA) |
間に出て、1回あたり6時間から7時間の仕事をします。EVAは通常二人一組で行います。私はミッションスペシャリストのスティーブ・ロビンソン宇宙飛行士と組んで3回のEVAを行います。
STS-114でのEVA任務
このミッションでのEVAの任務はとても多彩です。これから我々が行うEVA作業の一端をご紹介します。
まずはISSの組立てシークエンスの一環として、ESP2(External Storage Platform 2;船外保管プラットフォーム2)という新しい部品を取り付けます。これはクエストと「デスティニー」(米国実験棟)の間に取り付けられ、今後の組立て作業に必要な部品の仮置き場所になるものです。
|
CMG 画像提供:NASA |
次にISSの故障部品の修理・交換作業があります。ISSは最初のモジュール打上げから約4年が経ち、運用を続ける中で一部の部品は補修が必要になっていますので、組立て作業を続けるかたわら補修作業も必要なのです。私達のミッションではCMG(Control Moment Gyro)という姿勢制御用の部品と温度制御装置の配管の修理が予定されています。
最後に、科学実験装置の取り付けがあります。様々な材料や実験装置を宇宙空間に直接さらして、宇宙環境がおよぼす影響を調べるプロジェクトを実施し、そのサンプルを地上の科学者に持ち帰ることになっています。
船外活動訓練用プール -Deep BlueからDeep Skyを想う
|
NBL (写真提供:NASA) |
|
さて、以上のようにいろいろなEVA作業がありますが、宇宙飛行士はどこでEVAの訓練をするのでしょう?ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、実は水の中で行われるのです。水中での浮力を利用することで宇宙空間と同じような無重量作業の練習をするのです。そのためにNASAには巨大な船外活動訓練用のプールがあり、連日のように宇宙飛行士達が潜って訓練をしています。このプールは無重量環境訓練施設(Neutral Buoyancy Laboratory: NBL)と呼ばれ、サッカーフィールドくらいの広さがあります。深さ12mのプールの底にはISSの実物大模型(モックアップ)が本物通りに設置され、さながら海底都市に来たようです。当然ながらこの設備には多数のダイバーが働いており、宇宙飛行士達のサポートやモックアップの準備のために日夜がんばってくれています。訓練がある日は朝7時には現場入りしますが、既にダイバーやエンジニア達は準備作業にかかっており、さながら魚市場のような喧騒を醸し出しています。
NBLでのEVA訓練は全部で約20回予定されていますが、今は残すところあと数回というところまで来ています。
EVAここが難しい -訓練のポイント
EVAの大変なところは、なんと行っても長時間の作業であることです。1回のEVA時間は通常6時間から7時間で、前後の準備時間を含めると10時間以上も堅いEVA宇宙服の中にいなければなりません。その間は食事はおろか、ほとんど休憩もなくいろいろな作業を続けなければなりません。無重量空間では歩くことは出来ませんから、移動する時は手すりやロープを伝って腕の力で移動しなければなりません。そして作業のほとんどはボルトを締めたり電気コネクターを接続したり部品を移動することですから、非常に上肢に負担のかかる作業になります。腕力、握力の強化、そして全身持久力の向上が必要とされます。
|
様々なツールを装備してEVAを行います(STS-101ミッション)
(写真提供:NASA.JAXA) |
またEVAでは作業内容に応じて様々なツールを使います。通常の6時間の訓練で、ふたりのEVAクルーが使うツールは何と100種類近くにのぼります。それらのツールを正確に使いこなすことはもちろんですが、正しい名前で呼び分けることができないと、地上とのコーディネーションで支障をきたすことになるので注意が必要です。
さらに自分が着用するEVA宇宙服の仕組みを理解することも重要です。宇宙「服」といいますが、実際には専用の電源管理装置、環境維持装置、通信装置、緊急対処装置が装備され、さながら「ひとり乗りの宇宙船」なみの複雑なシステムになっているのです。宇宙服内部で空気洩れや電気系ショートが起きた場合、宇宙空間では簡単に助けを求められませんから、自分たちだけで故障に対処できるようにしなければいけません。
|
EMUの装着。左はIVとなるアイリーン・コリンズ船長
(写真提供:NASA.JAXA) |
EVA作業全体を通じて、作業が円滑に進行しているか、危険がないかをスペースシャトル船内から確認する役目の飛行士をIV(Inner Vehicle)と呼びます。IVもとても重要な任務です。EVメンバーとIVの間の意志疎通をいかにうまく図るかが、EVA作業を順調に進める上でとても重要です。私達のミッションではアイリーン・コリンズ船長自らがIVになり、船内から直接指揮を執ります。ふたりのうち、私がEV1と呼ばれる主担当になります。EVA作業中は私の宇宙服(EVA Mobility Unit: EMU)には主担当の印として赤いラインが肩口とひざの位置に描かれており、スペースシャトル船内にいるIVから見たときにEV1とEV2の見分けがつくようになっています。私達のEVA任務ではこれに加えてISS内でロボットアームを操作する飛行士との連携作業があり、IVの指揮の下、EV1、EV2、アームオペレータの動きがコーディネートされなければならないのです。
|
ロボットアームを操作する若田宇宙飛行士(STS-92ミッション) |
またEVA作業全体を通して使用するツールや作業場所がそれぞれ違いますので、多くのツールや手順を間違いなくこなさなければなりません。取り付ける部品も1m以上の長い支柱や、重さ500kgを超える大型部品があるので、ISSや部品そのものを傷つけないよう、移動の際にも細心の注意が要求されます。
EVAはアートだ! -先輩飛行士からの助言
|
写真提供:NASA |
EVA訓練を行っていて感じるのは、EVAは職人芸だなということです。たとえば、宇宙船内の実験装置の手順で「○○のパネルにあるスイッチをONにする」という手順があるとすると、誰がやってもほぼ同じやり方で同じ結果が出るでしょう。しかし船外活動では必ずしもそうは行きません。「○○のトラスにある○番のボルトを外す」という作業を行うとして、どうやってその作業場所まで移動するか、ツールは何を使うか、ボルトをまわしている間、体をどのように固定するか、宇宙飛行士個人個人の体格、体力、スキルに応じて何通りも解があるのです。従って宇宙飛行士達は、もっと効率の良い作業方法はないか、自分の動きに無駄はないかを常に考えながらEVA訓練に臨むのです。
このように一筋縄ではいかないEVAの世界では、仲間内でのディスカッションが頻繁に行われます。我々STS-114クルーでも、NBLでの訓練がある週は事前に何時間もかけて作業内容の読み合わせをしたり、訓練後にみっちりデブリーフィング(反省会)を開いて話をします。またEVA経験者からの助言は非常に参考になります。EVAの大ベテランといわれる宇宙飛行士達はどういうわけか?哲学的な話し方をする人が多く、話を聞いているとなにやら人生訓を聞いているような気がして面白いのですが、特に印象に残ったアドバイスを紹介しましょう。
|
ミーティング
(写真提供:NASA.JAXA) |
|
写真提供:NASA |
"Slower is faster.";ゆっくり確実に作業する方が結局は早くタスクを終わらせることができる。「急がば回れ」ということですが、無重量空間では空気抵抗がない分思ったよりも早いスピードで動きすぎて失敗することがあるので、文字通りゆっくり動けという戒めでもあるようです。
"Train like you fly.";「練習は本番のつもりで、本番は練習のつもりで」に似ていますが、これは単なる精神論だけではありません。宇宙空間に出たときに自分が遭遇するであろう環境に出来るだけ近い環境を積極的に作りだして、できるだけ本番と同じ条件で訓練をしなさいということです。
|
写真提供:NASA |
"Always think you're in space.";例えば水中訓練をやっている時も、自分は今水深12mのプールの底にいるとは思わず、高度400kmの宇宙空間に漂っているんだと思いなさいということです。もっともこれは言うは易し行うは難しで、目の前のダイバー達や空気の泡などに惑わされず宇宙空間を考えるというのはやはり飛行経験がないと難しいかなと思いますが。
そして極めつけは
"EVA is an art.";EVAはアートだ!なにやら芸術は爆発だ!みたいな言い回しですが、ここでのアートは職人芸という感じの意味でしょうか。EVAは紙に書かれた指示書だけでは完結しない、知識と技量、そして各自の創造性に依存した、まさに匠の技であるという気概が伝わってくる言葉です。
一見優雅に見える宇宙遊泳も実は奥が深い、技量に裏打ちされた作業であることを感じていただければと思います。21世紀の「宇宙大工達」の活躍に、今後もぜひ注目していただきたいと思います。