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野口宇宙飛行士について 任務や訓練レポート、記者会見を紹介します
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野口宇宙飛行士訓練レポート 第8回
「飛行再開に向けて~Return To Flight~」

最終更新日:2003年12月11日

日本の皆様、こんにちは。Houstonの野口聡一です。
今回は、スペースシャトルの飛行再開に向けたこれまでのいきさつと様々な取り組みについてお話したいと思います。

コロンビア号事故調査委員会による原因究明と最終報告書

CAIBレポート(PDF11MB)

今年の2月1日にスペースシャトル・コロンビア号の事故で7名の宇宙飛行士が亡くなった直後、この事故の原因を調査するコロンビア号事故調査委員会(Columbia Accident Investigation Board: CAIB)が結成されました。このCAIBは海軍を退役したハロルド・ゲーマン委員長を筆頭に、13人の委員で構成される独立調査委員会です。この事故原因の調査には、120名を超えるスタッフと約400名のNASA技術者が協力しました。また、実際の船体の破片回収には、25,000人以上の捜査員が参加し、我々STS-114クルーも原野を歩き、破片回収に協力しました(詳細は、訓練レポート第6回をご覧ください)。CAIBを中心とする多くの人々が約7ヶ月間必死に調査した結果が、8月26日に最終報告書の形で発表されました。

CAIBの調査結果によると、コロンビア号事故の原因は、打上げ81.7秒後にスペースシャトルと外部燃料タンクを接続する「バイポッド部」から剥離した燃料タンクの断熱材が、スペースシャトルの左翼前縁に衝突したことによって、裂け目が生じたことに端を発しています。スペースシャトルは、大気圏へ再突入した際に生じる1500度以上の摩擦熱に耐えられるよう、約20,000枚のセラミックタイルで保護していますが、周縁部分は、左右22枚づつの強化炭素複合材(RCC)パネルで覆っています。コロンビア号が大気圏に突入した際、このRCCにできた裂け目から、超高温の空気が内部に侵入し、左翼のアルミニウム部分を溶解させ、最終的に機体を制御することができず、空中分解という事態に至ってしまったと考えられています。

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写真提供:NASA.JAXA

CAIBは、このような物理的な事故原因の究明はもちろんのこと、米国航空宇宙局(NASA)が抱える組織文化の問題から、スペースシャトルプログラムの経緯や背景まで広範囲に分析し、約250ページの報告書にまとめました。この報告書の中では、NASAに対し29件の勧告が行われていますが、そのうちの15件はスペースシャトルの飛行再開までに改善するよう求められています。

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回収されたコロンビア号の破片(ケネディ宇宙センター)
(写真提供:NASA)

私もSTS-114クルーの一員として、この報告書を読みました。事故原因を追究する報告書ですので、厳しいトーンで書かれていますが、バランスの取れた公正なレポートであると感じました。技術や組織的問題をひとつひとつ明らかにして、安全な飛行再開とその将来へつながっていく指針であると思いました。

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破片回収箇所の確認
(写真提供:NASA)

NASAの対応

さて、次はNASAの番です。CAIBが事故原因を分析し、問題点を指摘しました。その後、この問題点を改善すべく、計画を立て、実行していく段階になったのです。CAIBから最終報告書が提出された約2週間後の9月8日、NASAから「NASA飛行再開実施計画書(NASA’s Implementation Plan for Return to Flight and Beyond)」が発表されました。この計画書は、CAIBの報告書に呼応する形で作成されていますが、NASAがより安全な組織になるために、勧告に含まれていない課題も盛り込まれています。

これは完成した計画書ではなく、今後も問題の分析や展開がある度に改定が加えられる「生きた計画書(Living Document)」です。なぜなら、問題点のいくつかは、CAIBの最終報告書の発表前に出されていた事前勧告で早期に取り組みを始めていたものもありますが、組織文化の問題等、更に詳細に検討する必要があるものや、実施までに時間がかかるものがあるからです。

私たちSTS-114クルーは、CAIBによる最終報告書の発表以前から、自分たちで出来ることは何かないかということで先取りして進めてきた訓練がいくつかあり、ここではその一部を皆様にご紹介したいと思います。

耐熱パネルの修復

飛行再開までに改善しなくてはならない勧告として、耐熱パネルやRCCパネルといった熱防御システムの修復技術を確立することがあります。現在、耐熱パネルやRCCパネルの損傷の度合いに応じた修理方法や使用する道具が開発されているところで、私もその開発に関わっています。

下の写真を見てください。これは、無重量環境訓練施設(Neutral Buoyancy Laboratory: NBL)と呼ばれる船外活動の訓練をするための巨大なプールでの試験です。水の中ってふわっと浮く感じがしますよね。これは、水中での浮力を利用することで宇宙空間と同じような無重量を作り出しているのです。

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NBLでのタイルリペア・トレーニング
(写真提供:NASA)

別の例を紹介します。

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KC-135
(写真提供:NASA)

KC-135というジェット機を自由落下(放物線飛行)させることで、無重量状態を人工的に作り出すことができます。通常、1回の訓練で約25秒間程度の無重量環境を数十回繰り返します。このジェット機を使ってのタイルリペア・トレーニングも行いました。

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タイルリペア・トレーニングを行う野口宇宙飛行士
(写真提供:NASA)

重力というものは、私たちにとってあまりにも当たり前な存在ですが、宇宙に行った時、地上では考え付かないような問題が起こります。例えば、タイル部分に穴が開いたとき、このピンク色のパテのような物質で穴を埋めることが検討されています。地上の場合は、これ自身の重量で自然と穴の中へ埋まっていきますが、宇宙ではそうはいきません。また、埋めた後も、スペースシャトルが大気圏に突入した際に空気の異常な流れが起きないよう、表面を滑らかに整形しなくてはいけません。そのため、無重量状態でも穴を埋めるだけの十分な粘着性があるか、タイルにくっつくだけの粘性は持ちながらも、滑らかに整形するための道具にはくっつかないか等の確認をする必要があります。

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タイルの穴を埋めるための物質を整形しているところ。無重量状態では、傷を修理するもの一苦労。
(写真提供:NASA)

使用する道具についても、その損傷の度合いに応じ、最も使いやすく効率的に修理作業ができるツールや手法がいくつも検討されています。例えば、ローラー状のものからブラシ状のものまで、穴を埋めるための物質を整形するためのツールや、そもそも、そのようなツールを使用せず、透明なシートを穴の上に貼り、その中にパテを流す手法などです。私たちの役割は、これら修復技術開発に携わっている船外活動チームの仲間達と協力し、それら様々なツールや手法を無重量状態で実験し、実際の宇宙に行って使用できるかどうかをテストしているのです。

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タイル修復のために 開発されている 様々なツール。ツール開発は、 ホームセンターでの探索から始まった。
(写真提供:NASA)

さらに、宇宙空間では踏ん張ることができないため、どのような道具で体を固定するかというのも重要な問題で、こちらも併せて検討されています。具体的には、作業中に体を安定させるために、ロボットアームの先端に乗って作業することが考えられており、アームの操作をする宇宙飛行士との連携もとても大切です。

どうですか?地上では簡単に直せそうな損傷でも、宇宙ではいろんな視点から問題を考えなければならないのです。

軌道上での検査

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スペースシャトルがISSにドッキングする様子。約600フィート(約180メートル)離れた場所で、360度回転を行い、傷が無いかどうか調べる。
(写真提供:NASA)

さて、熱防御システムの修復技術開発以外に確立しなくてはならない重要な技術として、軌道上での検査があります。

現在考えられているのは、シャトルアームの先端に、カメラやレーザーセンサを取り付けることにより、スペースシャトルの隅々まで検査する方法と国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングする前に、ISSの前でスペースシャトルのタイル側を見せることによって、ISSからカメラ撮影を行い、そのデータを地上へ伝送し、傷が無いか調べる方法です。このスペースシャトルの操作をランデブー・ピッチ・マヌーバ(Randevouz Pitch Maneuver: RPM)と呼んでいます。 私は、STS-114のメンバー達と、ランデブー・ピッチ・マヌーバを訓練してきました。右の写真は、スペースシャトル・ランデブードッキング・シミュレーターという装置を使用した訓練の様子です。スペースシャトルのフライトデッキ部分を模擬してあり、実際にスペースシャトルの窓から見える風景を周りのドームに投影させ、軌道上を模擬した状況下で訓練を行います。

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スペースシャトル・ランデブードッキング・シミュレーターでの訓練。私は、スペース・シャトルの位置・姿勢といった重要な情報を船長やコマンダーに提供することによって、 操作をサポートします。
(写真提供:NASA)

ランデブー・ピッチ・マヌーバは、ISSから約600フィート(約180メートル)程離れた場所で、スペースシャトルを360度回転させる操作です。1秒間に1°というゆっくりとしたスピードで機首をあげていくと、初めISSが見えていたところから、徐々に地球が見えてきます。 このランデブー・ピッチ・マヌーバは、船長やパイロットが中心となって操作し、私とロビンソン宇宙飛行士は、その操作のサポートを行います。難しい操作ですが、新規技術ということではありませんので、これからもメンバー全員のチームワークと訓練を重ねることで、実際の軌道上でも成功させたいと思います。

CAIBの最終報告書において、勧告という形でやるべきことが明確化され、それを受けてNASAが実施計画書を作り、私たちの進むべき目標が明確になりました。

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LF1のクルー
(写真提供:NASA)
画像:野口宇宙飛行士
写真提供:NASA.JAXA

偶然にも飛行再開1号機の搭乗員としてフライトすることになり、プレッシャーも確かにあります。しかし、スペースシャトルをより安全にするためのチャレンジングな技術に取り組むことができ、飛行再開1号機というやりがいのあるフライトに任命されていることを大変名誉なことだと思っています。

今後、打上げスケジュールが固まってくれば、目標に向けて更にエンジンがかかってくるでしょう。スペースシャトルを復活させ、ISSの建設を再開し、未来の有人宇宙活動への夢をつなぐために、努力していきたいと思っています。

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